手をつなぐ

雲ひとつない空がどこまでも続いていた。休日の公園は大層な賑わいを見せている。
「熱中症になりますよ。何を熱心に眺めているのですか」
明智はベンチに腰かけたハジメの頭上に両手をかざし、容赦のない真夏の日光から遮ってみせた。ハジメは頭上に大きな日傘をこしらえた恋人を見上げ、にやりと笑う。
「別に。最初にアンタと手をつないだ日のことを思い出してた」
ハジメの視線の先へ明智も目を向けた。アマチュアの演奏家、家族づれ、観光客。大衆がごった返す中よそよそしい距離感で、それでもしっかりと手を繋ぎ合った2人組が目に入った。見るからに付き合って日が浅いカップルである。
「それは……あまり思い出してほしくない思い出ですね」

人々のざわめきに負けじと蝉の叫び声が響き渡る。明智は両手でハジメの頭 上に日陰を作ったまま、苦虫を潰したような顔をした。
5年前。 強い日差しのせいで地面からモヤが立つような、暑い夏の日。ハジメは明智と思いが通じ合い、初めてのデートの待ち合わせ場所にいた。ジリジリと肌を焦がすような晴天である。ハジメは約束より30分も前に到着してしまったことを後悔した。
「早いですね、お待たせしました」
きっかり15分後、待ち人が登場する。いつものお堅いスーツでなくTシ ツとパンツのラフな格好だが、あまりに高すぎる完成度にハジメは思わず目をパ チクリさせた。強い日差しを受け、明智はいつも以上にキラキラを背負って現れ たのだ。
「こんなに暑くなるなら、どこか屋内で待ち合わせするべきでした。喉が渇いた でしょう、とりあえず移動しますよ」
明智はサッと踵を返しスタスタと歩き出す。
「待ってよ明智さん、」
手ハジメは慌てて明智の背中を追いかけた。
明智の後ろを歩くと、彼へ向けられる視線に否が応でも気付かされる。わずか数メートル歩いただけで、女から3回声を掛けられた。 ハジメはほんの少し勇気を出し、自分よりひとまわり大きな手にそっと触れてみた。
明智の足がピタリと止まる。 ハジメはすぐ、自分の出来心を後悔した。明智はたしなめるようにハジメを見ると、その手をやんわりと解いたのだ。

「ひでーのな、あの時のアンタ。イタイケな少年の手を、だよ」
わざとらしく責めるような口ぶりで、ハジメは明智を見上げた。
「あの時の私はほんとうに未熟でした。待ち合わせ場所に立っているきみの可憐さに動揺したところも含め、私の失態です。きみを偏見から守ったつもりで、きみをひどく傷つけて」
明智は日陰を形作る両手を崩し、ハジメの頬に触れる。まだ幼さを残した輪郭を指先でそっとなぞった。
「私が戦うべきは、きみに……いえ、我々に向けられ る批難の方だというのに」
明智は身をかがめ、ハジメのこめかみに口付ける。
「なにやってんのアンタ、こんなところで」
ハジメはクスクスと笑いながら思い切った行動に出た恋人を見上げる。明智は何事もなかったかのようにハジメがベンチから立ち上がるのに手を貸すと、そのまま指を絡めて歩き始めた。
「恐ろしいことに、きみと付き合い始めて怖いものがなくなりました。この先ど んなことがあっても、まぁ、きみとなら……」
ハジメは繋がれた手に力を込めた。それ以上言わなくても分かると伝えたかった。
夏の太陽光が容赦なく照りつけてくる。あの日と同じ太陽だとハジメは思った。気温のせいか互いの手が汗ばんできた。 ハジメも明智も気に留めず、雑踏の中を確かな足取りで歩き続けた。