墓前にて

供えられている仏花のセンスが、やたらと良い。 区画内には雑草も見当たらず、暮石は磨き込まれていた。そして道具入れの中に置いてある、明らかに高級そうな桐箱入りの線香。

あの人が、祖父に会いに来ている。

ハジメはため息をつくと石碑に向かい合った。

「久しぶりだね」
本当に久しぶりにこの場所へ来た。ハジメにとって事件と向き合うことと、謎解きをすることは祖父との対峙に等しい。謎解きを忌避する間、どうしてもここに来る勇気がなかった。しかし久々に事件に巻き込まれ、どうにか解決までこぎつけたことがハジメの足をこの場所へ向かわせた。

何から話せばいいのだろう。ハジメはごくりと唾を嚥下する。報告しなければいけないことが沢山ある。事件のことも、それ以外も。

「あらハジメ、珍しいわね」
背後から懐かしい声がした。母だ。母親は掃除道具を片手に携えて、すたすたと近づいてくる。 供えられた仏花を見るや否や、小さく肩をすくめた。

「やだわ、今月も明智さんに先を越されてしまって。このところ暑くて雑草の手入れも大変だったでしょうに、こんなにきれいにしてもらってねぇ」
母は明智の痕跡にことさら驚く風でもなく、慣れた手つきで仏花の水を取り替え始める。
「明智さん、ここによく来てるの、」
「そうよ。先月なんて、ばったりお会いしたくらい。あなたより『金田一』ね」

ハジメは母を見上げた。まさか母親と明智に繋がりがあるとは思ってもいなかった。母は驚くハジメの様子を気に留めるでもなく、水換えを済ませた花立を左右バランス良く配置するのに忙しい。

「で、あなた何の報告に来たの」
ハジメは口を喋んだ。先に祖父に報告をして、その後で両親に云うつもりだった。まだ心の準備ができていない。

言い淀むハジメの隣に、母は腰を下ろす。

「こないだ明智さんとお会いした時にね、私、そろそろ自分の幸せを考えたらって言っちゃったの。 ……ねぇ、今度ふたりで帰ってきてくれるんでしょう? 久々に腕を振るっちゃうから、お料理のリクエストを聞いておいて頂戴」

母はポン、と軽くハジメの肩を叩くと立ち上がった。歳を感じさせない身軽な動きだった。 いくつになっても母親には敵わない。 ハジメは遠のく母親の背中を見えなくなるまで見送った。そしてゆっくり、祖父に向き合う。

「なぁじっちゃん、俺話したいことがいっぱいあってさ」
石碑に語りかけるハジメの表情はどこまでもおだやかだ。 ハジメのやさしい語りをどこかへ運ぶように、そよ風が吹き抜けていった。