ヒマワリ畑で捕まえて - 2/2

朝食をとった後、明智ははじめを連れて馴染みの時計屋へ向かった。
同じデザインでサイズ違いを買い求める。
揃いの時計を腕にはめ、明智は次々とはじめへのプレゼントを見繕っていく。
はじめはもはや明智の購買意欲に押されつつ増えていく紙袋をビクビクと見守るしかない。

「明智さん、もういいよ、もう十分だって」
「何を言っているんです。さぁ、次に行きますよ」
「ねぇ、久しぶりの休みなんでしょ、もう家で休みなよ」

忠告するはじめを無視して明智は都心から離れた方向へ車を走らせる。
すれ違う車も少なくなってきた頃、満開のヒマワリ畑が顔を出した。
晴れた青空に濃い黄色がよく映える。
明智は砂利とロープで整備された簡素な駐車場に車を停めると、はじめの手を引いて歩き出す。

夏の太陽がふたりの首筋をジリジリと焼く。
はじめは繋いだ手が汗ばんでくるのが気になった。
明智は出来るだけ日陰になっている場所をはじめに歩かせながら、やがて小さな広場にたどり着くとピタリと足を止めた。

「すごい……きれいだね」
「でしょう?この間この近くで陰惨な殺人事件があって……この話はやめましょう。とにかく、ええ、最近たまたま見つけたんですよ」
「なんか懐かしいな。ちっちゃい頃、こういう場所にジッチャンとよく来たんだ」

明智はにっこりと微笑んではじめの手をぎゅっと握り、腰を落として低い位置から愛おしい人を見上げた。
「改めて言わせてください。金田一くん、きみのことが大好きです。私と真剣に交際してくださいますか」
「しんけんに、こうさい?」
「ええ。生涯を共にすることを前提とした交際ですよ。いけませんか?」

明智は眩しいものを見るように目を細めてはじめを見た。
交際初日にそれは重すぎるのではないか、と指摘する人間は誰もいない。
はじめは明智に握られた手をキュッと小さく握り返した。

「す、する、するよ!おれも明智さんが好きだから!」
「ありがとうございます」

明智ははじめの頬に手を添えた。
はじめは顔を真っ赤にする。
今日一日、何度も明智から仕掛けられてきたおかげで明智が何をしようとしているのかすぐに分かった。
明智はゆっくり、しかし確実にはじめの唇へ自分のそれを重ねた。
啄むようなやさしいキスを繰り返し最後は名残惜しいように顔を離す。
はじめは目を開け頬を赤く染め上げたまま、にっこりと微笑んだ。

パシャリ、とシャッター音がした。

「怪盗紳士!」
音の方を向いてはじめは大声を出す。
畑をひとつ跨いだ先に、醍醐真紀の姿をした怪盗紳士がカメラを構えていた。
怪盗紳士はジーっという低い音と共にカメラから吐き出された印紙をヒラヒラと振る。

「はぁい名探偵くん、刑事さん。こないだ盗み損なったモチーフもバッチリいただいたわよ。刑事さんの1番大切なもは名探偵くん、その[[rb:主題 > モチーフ]]は“笑顔”だものね!ふふっ、いい画が浮かび上がってきたわ。誕生日おめでとう、名探偵クン〜!」

パラパラと音を立てながらどこからともなくヘリコプターが現れる。
華麗な身のこなしで縄梯子に掴まった怪盗紳士を、はじめと明智は見上げるしかない。

「待て、おい!!」
「待ちなさい怪盗紳士!その写真は私が言い値で買います、降りてきなさい!」
「ちょっと明智さん!?」
「残念だったわねぇ〜!これはあたしのものよ」

怪盗紳士は見る見る間に上昇していく。
ふいに突風が吹いた。
「キャァァッ!!」
バランスを崩した怪盗紳士の手から、写真がヒラヒラと舞い落ちる。
はじめの横で影が動いた。
明智は思い切りジャンプして風に舞う1枚を掴み取ると、黒い土の上に頭から突っ込んで着地した。

「明智さん!!!」
はじめの悲鳴が響き渡る。
「ちょっとぉぉ〜〜ソレ返しなさいよぉぉ〜〜!!」
北海道旅行まで仕組んだのにぃぃ、とドップラー効果を伴いながら怪盗紳士は青々とした大空へ上昇していった。

「明智さん、大丈夫?!」
土の中に飛び込んだ明智にはじめは慌てて駆け寄る。
明智が頭から突っ込んだのは幸い掘り返し中の畑だ。
「大丈夫です。こんなに飛んだのは、インハイで走り幅跳びの代走を務めた時以来ですよ」
もちろん入賞しましたよ、と明智は何事もなかったかのように立ち上がった。
身体の土を払うこともせず、手に掴んだ写真をまじまじ見つめにっこりと微笑む。
「いいものを頂いてしまいました」

明智は写真をはじめの方へ向けて見せる。
ツヤツヤとしたの印紙の中で、はじめが大きく微笑んでいる。
背景で咲き誇るヒマワリに負けない笑顔をたたえたそれは、今まで撮られてきたどの写真よりいい顔をしているようにはじめにも見えた。

 

エーゲ海を思わせるコバルトブルーの車が太陽の光を反射しながらヒマワリ畑から遠のいていく。
すっかり色味まで浮き上がってきた写真を覗き込み、はじめは首を傾げた。

「怪盗紳士はおれの写真なんか撮ってどうするつもりだったんだろう。なんの価値もないのに」
「そうですか?私はこの写真を手に入れるためそれなりの額を積む人間に、何人か心当たりがありますけど。それよりもその写真、無くさないでくださいよ。私の大切なもの入れに入れるんですから」
「明智さんそんなの持ってんの」

はじめはクスクスと笑いながら運転席に座る男の横顔を盗み見た。
色白の頬に薄く土汚れを付けたままの男は、鼻歌交じりのまま車を走らせ続ける。

「温泉にでも寄っていきましょうか」
「えー、いいの?」
「ええ。ゆっくりお湯に浸かって、美味しいものを食べて、家に帰ったらきみの味見もさせてください」
「ん?最後なんて?」
「思い出に残る誕生日にしましょうと言ったんですよ」
はじめはうれしさに頬を染めながらありがとうと、小さな声で礼を述べた。
明智は頭の中で次の段取りを考えながらアクセルを踏み込んだ。