雨の日

下校と突然のスコールが重なった。白い夏服のシャツが、見る間に雨に濡れていく。
「乗りなさい、金田一くん」
見慣れたコバルトブルーの車が音もなく追い越していったかと思うと、すぐ前の路肩でピタリと停車した。
「明智さん」
ハジメは慌てて運転席の窓へ駆け寄る。
「でも、座席濡れちゃうよ」
「いいから早く、」
明智は半ば不機嫌に助手席を顎で差し示した。こんな時素直に従わないと後でとんでもない目に遭うことを、ハジメは身に染みてよく知っている。
「お邪魔します」
ハジメはポケットから丸まったハンカチを取り出し、ぞんざいに頭を拭うと遠慮がちに助手席へ滑り込んだ。
車は静かに発進する。激しい雨音が鋼鉄の屋根に降り注ぎ、銃声のような音を 立てる。
「今朝傘を持って出るように連絡したでしょう」
明智は呆れながら右折ついでにハジメを流し見た。ハジメはえへへ、と小さく肩をすくめる。
「明智さん、今回オレは悪くないぜ。美雪が傘持ってきてないって言うから貸しちゃったんだ」
一緒に入って帰ればよかったのに。
明智は一瞬思ったが、言えなかった。昔なら何とも思わなかっただろう。そうするべきだと叱咤すらしていたかもしれない。
「今、一緒に差して帰ればよかったのにって、思った?」
ハジメはニカっと笑い、額に流れ落ちる雫を既にずぶ濡れで透きとおっている裾で拭った。
「駄目だよ明智さん、オレはもうあんただけって決めてるからね」
明智は浅く息を吸い込み、静かに車を停止させた。自分へ義理立てて相傘を敬遠し、ずぶ濡れで帰ろうとした年下の恋人は不思議そうに首を傾げる。明智は乱雑にワイパーを切るとそのままハジメの身体を引き寄せた。激しい感情任せの行動に反して、ほんの僅かに触れるだけのキスをする。
ハジメは瞳を瞬かせたが、何が起きたか理解するとふんわり大きく微笑んだ。ハザードのカチカチという音が激しい雨音に掻き消される。
「明智さん、ここオレの通学路」
「この雨なら、ワイパーさえ止めてしまえば見えません」
明智は雨に濡れたハジメの頭を優しくかき混ぜた。濡れて余計に幼く見えるハ ジメが、心の底からたいせつに思われた。
「湯を沸かしますから、私の家で温まって帰りませんか」
「帰す気なんてあるの」
明智は返事をしなかった。再び走り出した車の中で、ハジメは満足げに喉で笑う。
「次からは七瀬さんの傘に入れてもらうといいでしょう。バカは風邪を引かないと言いますが、万が一ということもあり得ます」
「結局イヤミかよ」
「きちんと彼女を送って、私のところに帰ってきてください」
ハジメは明智を盗み見た。いつもどおりのポーカーフェイスの奥で、彼は微かに笑っている。
雨はひたすら降り注ぎ、当分止みそうにない。