マギ - 1/2

クリスマスを数日先に控えた師走の日曜日、ハジメはバイトを掛け持ちしてやっと手に入れたゲームの攻略に勤しんでいた。画面と睨めっこするハジメの手元で突然鳴り響いた着信は、明智からのものだ。ハジメはゲームの手を止め、飛びつくように着信に出る。電子音に変換されても美しい声色がハジメのすぐ耳元の空気を優しく振動させた。

「今年1年、捜査に協力してくれたお礼にご馳走します。24日しか空いていないのですが、きみの都合はいかがですか」

ハジメは思わず歓声を上げそうになったのを必死に堪えた。空いてるよと、精一杯に平静を装って答える。
電話の向こうの男はどこか少しだけほっとした様子で息をつき、では18時に迎えに行きますと穏やかな声で続けた。
通話を切った後も鼓膜に残る甘美な声の余韻に耐えきれず、ハジメはゲームのことも忘れてクッションに顔を押し付けた。

今年1年、たくさんの苦い事件解決してきた。事件の中には明智の存在なくしては解決まで漕ぎ付けなかったものがいくつもある。同じ時を過ごす内に、彼はいつの間にか大切な幼なじみを任せられるまでに信頼できる存在となっていた。その信頼が愛着に傾いて、思慕や執着と綯い交ぜになりながら複雑な甘い熱を持ち始めたのはいつの頃からだっただろう。

日程の都合とはいえ、イヴを過ごす相手として選ばれたことにハジメは浮かれずにはいられなかった。明智にクリスマスの予定を聞いたところでどうせ自慢話ばかりだろうと思い込んでいたし、誘う勇気もなかったくらいだったのだ。

「プレゼント、買っとくべきだよな」
ハジメはごろんと寝転がったベッドの上から起き上がる。明智の欲しいものなど、想像もつかない。質の良いものなら何でも似合いそうな色男だ。そして、何でも所有していそうに思われた。

ハジメは財布だけ掴み、家を出た。デパートの中はクリスマス商戦も佳境といった具合で、ごった返しの大混雑だ。紳士物の売り場は、女性客が我も我もと餌に群がる鯉のようにひしめき合っている。人だかりを割ってディスプレイを見てみれば、ちょっとした小物入れひとつにも驚くような金額がついていた。ハジメに出来ることといえば、クリスマスが月の頭の方にあればどうにかなったかもしれないのにと今月の買い食いを悔やむことくらいだ。

いっそのこと、ジョークのような悪ふざけグッズを買おうか。ハジメの脳裏に一瞬生じた迷いはしかし、すぐに却下する。明智に何かを贈る口実がこの先も現れるとは考えにくい。これは彼への最初で最後のプレゼントになる可能性が高いのだ。

ハジメは人混みから抜け出すとため息をつく。そこでふと棚の端に置いてあるものに目が止まった。メガネケースだ。ジュラルミンのような鈍い光沢を持つ本体と、その細い胴を巻くように品のよい濃紺の革が付いている。手に取ってみて、想像以上の軽さに驚いた。パタリと中身を開いてみれば、内張は彼を思わせるコバルトブルーだ。メガネ拭きと共に入れられた値札には、ハジメの持ち合わせではどうにもならない金額が示されている。

何かお探しですか。
店員に声をかけられ、ハジメはびくりと肩を震わせた。
「あ、見てるだけ、です」
悪いことをしているわけでもないのに、デパートの接客に不慣れな少年ギクシャクと品物を棚へ戻す。
こちらの商品は新商品で、入荷したばかりなんですよ。また見にいらしてくださいね。
店員の微笑みにコクリコクリと頷くだけで、ハジメは足早に店をあとにしたのだった。

家に帰ってなお、メガネケースはハジメの頭の中をしつこく追いかけ回していた。機能性とデザイン性、両方とも持ち合わせているそれは、明智のイメージにあまりにもしっくりくるように思われる。入荷したばかりであれば、他の人から受け取るプレゼントと被る可能性も低い。メガネケースなら人前に出すものでもないし、使ってくれるかどうかでヤキモキせずに済む点も良い。
しかし問題は金額だ。今からバイトをしたのでは間に合わないし、小遣いを前借りして買うのはどうも違う気がする。
ハジメの視界の端に、買ったばかりのゲーム機が映った。

「オレも大概だよなぁ」
ハジメはひとりごちる。もう迷っている時間はない。ハジメはえいやと気合を入れて、紙袋にゲーム機を突っ込んだ。